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ブロードウェイ公演 | 00年・02年キャストの応援 | ||
リンク集 |
公演概要 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
公演スケジュール:プレビュー公演 2004年11月12日〜12月1日予定 オープニング公演 2004年12月2日〜2005年1月30日まで公演予定 会場:Studio 54劇場(254 West 54th Street,New York,NY) 演出・振付:宮本亜門 作詞・作曲:スティーブン・ソンドハイム 台本:ジョン・ワイドマン 美術:松井るみ 衣裳:コシノジュンコ 照明:ブライアン・マックデビット 音響:ダン・モーゼス・シュライアー 主催:ラウンドアバウト・シアター・カンパニー キャスト:
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メディア情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ブロードウェイ公演マメ知識 |
この欄は、宮本亜門さん演出の「Pacific Overtures〜太平洋序曲〜」がブロードウェイで上演されることがどんなにすごいことなのかを知って頂くためのコラムです。ミュージカル好きの皆様はよくよくご存知のことばかりになると思いますが、ミュージカルにあまり親しまれていない皆様には、この騒ぎは何?という疑問の手かがりになるかもしれません。 ブロードウェイ:ニューヨーク州マンハッタン島は碁盤の目のように道路が整備されています。その街の中で唯一斜めに走っているのがブロードウェイです。そして、この通り沿いに劇場が多くあることから、劇場街の総称としても使われるようになりました。 さらに、オン・ブロードウェイとかオフ・ブロードウェイ、オフオフ・ブロードウェイという言葉もあります。通常ブロードウェイで上演と言えば、オン・ブロードウェイのことを指します。オンとオフの違いは、劇場の大きさです。大体500名以上がオン、以下がオフとされているようです。ですから、オフ・ブロードウェイでの公演も充実していますし、オフやオフオフでは実験的な作品がたくさん上演されています。そのたくさんの作品のうち数作品がオン・ブロードウェイで上演されるのです。 勿論、最初からニューヨーク付近で上演が叶うわけではなく、地方でいろいろ試行錯誤を重ね、オフへ、そしてオンへ。本当に選ばれて選ばれて、選び抜かれてブロードウェイで上演されるというわけです。 スティーブン・ソンドハイム氏:現在のブロードウェイ・ミュージカル界では「巨匠」と呼ばれていらっしゃいます。ので、私が軽々にご紹介するのも大変恐縮だと思う次第です。 ソンドハイム氏が一躍有名になったのは「ウエストサイド物語」の作詞をなさったことによるそうです。04年のトニー賞で5冠に輝いた「アサシンズ」をはじめ、数多くの賞を受賞していらっしゃることからもお分かり頂けると思いますが、アメリカではヒット作品をたくさん創作なさっているのです。 他のミュージカルや映画の台詞に「ミスター・ソンドハイムのように」とお名前が登場することがよくあります。それほど、アメリカでは有名であり、多くの人々にとって憧れの人物であると言えます。 ユニオン:組合と訳すことが多いでしょうか。自由の国、個人主義の国、それがアメリカというイメージからは程遠く、芸術関係の組合はすごい力があるようです。「コーラス・ライン」にもちょこっとユニオンとのトラブルが描かれていますね。 「太平洋序曲」がアメリカで公演したときも、まずユニオンに入っていない俳優が舞台に立てる劇場を探すのに苦労したそうです。それを乗り越えてもスタッフが舞台進行に携わることは出来ないままだったようです。指示はしてもよいが、機材に動かすことはできないという不自由さがあったわけです。このユニオンに縛られずに活動できるのは、作品のベースを創る脚本家、作詞家、作曲家そして演出家のようです。 今回の「Pacific Overtures」のキャスト・メンバーはアジア系の皆様ということですから、本当にいろいろなご苦労があってユニオンに入られたと思います。それだけに、素晴らしいキャストの皆様に違いないと思っています。 |
Pacific Overtures〜太平洋序曲〜 ブロードウェイで上演されるまでの簡単な経緯 |
「Pacific Overtures」がブロードウェイで初演されたのは、1976年1月11日。ウィンター・ガーデンというとても大きな劇場で上演されました。ロングラン記録は193回ですが、大ヒットしたとは言い難いようです。しかしながら、当時、朝日テレビで舞台中継が放映されたそうなので、日本の関心も高かったと思われます。「太平洋序曲」という邦題はこの時に付けられたそうです。その後も、ロンドンやオフ・ブロードウェイ、オーストラリアで再演されていましたが、大きなヒットとはならなかったようです。ちなみに、ロンドン版のCDはライヴ録音です。また、オーストラリアの舞台でナレーター役を務められたのが、日本上演時訳詞を担当された橋本邦彦さんです。 日本のことが描かれているにも関わらず、この作品は日本で上演されることはありませんでした。その理由として、他のソンドハイム氏の作品が日本ではヒットしなかったこと、初演の大掛かりな舞台装置・衣装を考えると採算が取れないこと、そして主役がはっきりしないのでスター・システムをとれないこと、などがあったようです。 新国立劇場が出来上がり、オペラ・バレエそして演劇を中心に制作してきていましたが、ミュージカルも制作しようということになり、宮本亜門さんに演出を担当して頂くことになったそうです。亜門さんは、ソンドハイム氏の全作品を演出してみたいと考えていたので、最初にこの「太平洋序曲」を選ばれたそうです。 亜門さんの作り出された「太平洋序曲」は、初演と全く異なり、劇場も新国立劇場の小ホール、たった300席ほど、舞台装置・衣装はとても簡素なものになりました。 素晴らしい舞台が2000年10月2日開幕しました。 そして、本当に偶然だったそうなのですが、ソンドハイム氏が第12回高松宮殿下記念世界文化賞の受賞式のために来日していらしたのです。それで10月21日に観劇されたのですが、とても感激し、さらに翌日の楽の舞台をもう一度観劇したのです。私も、千秋楽は一緒に観劇していました。たった300人の客席ですから、ソンドハイム氏がどこにいらっしゃるかすぐに分りました。カーテン・コールでは本当に満足気に素晴らしい笑顔で、カンパニーに対して大きな拍手を送っていらっしゃいました。この偶然の観劇が、今回の亜門版「Pacific Overtures」のブロードウェイでの誕生となったと言っても過言ではないと思います。 こうして、04年11月のプレビューを目前にした今日では、すべてが順調だったようですが、00年から04年の間には01年9月11日が存在しています。亜門版「Pacific Overtures」のブロードウェイでの誕生が確定的なものになったのは、02年のNY、ワシントンDCでのフェスティバルに参加した新国立劇場制作の「太平洋序曲」がアメリカのメディアにも、一般観客にも高い評価を受けたことによると思いますが、これらのアメリカでの上演は、9.11から一年も経っていない時期での上演だったわけです。いろいろな困難が上演直前まで続きましたが、大成功を収めたわけです。 「Pacific Overtures〜太平洋序曲〜」は、00年に太平洋を渡ってから、とても忙しく太平洋行き来しています。いつも、たくさんの拍手に送られて。 また、たくさんの拍手に送られて太平洋を渡っていく「太平洋序曲」。里帰りして、さらに大きな拍手を、素晴らしい歓声をもらって欲しいと心から祈っています。 (この文章は、「メディア情報」のページに記載した雑誌等を読み、わーきんぐまざーがまとめたものです。) |
The New York Times 劇評 |
日本のソンドハイム帰還 The New York Times 2004.12.3 Ben Brantley氏著 「本来なら、この日、宮本亜門という名の日本人演出家氏はアメリカを、いや、少なくともその一部である光り輝くブロードウェイという通りを征服する瞬間になるはずだった。宮本氏演出による、『太平洋序曲』、これはスティーブン・ソンドハイム、ジョン・ワイドマン作の、19世紀の日本を舞台としたアメリカによる砲艦外交を描いた1976年作のミュージカルであるが、この作品は昨日スタジオ54で幕を開けた。そして、このどの作品の評判も不確かな今年のシーズンで、オープンの前から成功が約束されたとすれば、それはまさしくこの作品のはずだったのだ。 確かに、文化の衝突というほころびを直していく試み、それが「太平洋序曲」という作品であり、歌舞伎がブロードウェイの批評の対象となり、ソンドハイム氏の大ファンでさえその作品を好む人はほとんどいなかった。30年前に「太平洋序曲」がブロードウェイにやってきたとき、批評家はその舞台に不鮮明さと混沌としたアイデンティティを見ていた。 しかしながら、宮本氏は東京の新国立劇場における日本語上演で「太平洋序曲」に果敢に取り組んだ。そして、2002年のリンカーンセンターのサマーフェスティバルで上演されたこの新国立劇場版は、少なくとも捕らえどころのない美しい作品の奥深い可能性を引き出すための鍵を明らかにしていた。 今、宮本氏と「太平洋序曲」は字幕の必要がないようにと、卓越したアジア系アメリカ人による英語版を持って戻ってきた。舞台装置、衣装そして演出の方向性は少なくとも新国立劇場版と同じものが残っていた。しかし、新国立劇場版が持っていた注目すべき信念や結束力が、ラウンドアバウト版にはないし、ラウンドアバウト版は太平洋の飛行で時差ぼけ疲れ切った人がよたよたしているようにぼんやりとしている。日本語からの再英訳において、確かに何かが失われてしまったのだ。 このことは、本当に残念である。なぜなら、ラウンドアバウトはソンドハイム氏の素晴らしい作品ではあるがなかなか分りにくい「Assasins(暗殺者達)」のスタジオ54でのリバイバル上演を成功させているからである。そして、ラウンドアバウトは「太平洋序曲」は ソンドハイム氏と長く組んできたJonathan Tunickの指揮、音楽監督のPaul Gemignaniによって、ソンドハイム氏の絹のようにやわらかく、銀のように明るい楽曲は間違いなく人々を楽しませるであろうと述べていた。 しかしながら、舞台の上で起こったことは、信念喪失の危機であった。渋面で博識なナレーターのB.D.Wongを始めとするキャスト・メンバーは新鮮で熱心な人たちである。しかし、彼らはしばしば、親達が児童の学芸会を見ているときに感じる不安に似たようなものを思い起こさせる。 不安な試みは汗の霧のように舞台全体に広がっている。演じ手の中には素晴らしい歌い手もいるし、彼らは全員演技手法を心得ている。しかし、作り上げていく上での大切な自信は時々しか彼らの脳に届いていないようである。彼らは優しく歌い、魅力的に微笑んではいるが、「私はここで何をしているのだろ?」と自問自答しているように見える。 1976年の初演を観た劇評家達は舞台全体においてある疑問を持った。「Pacific Overtures」の大胆な野心は、有名なハロルド・プリンス氏によって演出され(何とか形を整えた)、日本人の目を通して、未だ封建的な島国日本へのペリー一行の到着に重点をおいた舞台を作っていた。 ブロードウェイのたくさんの作品に伝統的な歌舞伎の背景を使うことを得意とした素晴らしいデザイナーEugene Lee氏と日本の五音階を種旋律に取り込んだソンドハイム氏によって、その舞台は文化融合の演劇的先駆者となるであろうと考えられていた。その舞台に日本らしい様式や主題を求めていたニューヨーク・タイムズ紙のWalter Kerr氏を含む何人かの劇評家の審美眼にはそぐわなかった。そして「日本人が作ったほうが良いはずなのに、なぜ彼らの方法でやらせないのか?」と聞いた。 20数年たち、日本でミュージカルやオペラを活発に演出している宮本氏が、Walter Kerr氏が提示したいたことに挑戦した。2002年夏のエブリー・フィッシャー・ホールにおける東京版は「Pacific Overtures」に本来のあるべき姿を疾風のごとく運んだ。 通常使われている精巧な脚本をより強く、簡素の形式に(歌舞伎より能に)変えていくことで、 宮本氏版はこの舞台のオリジナルの創り手の意図するところを歪めたというのではなく、むしろ明確にしたようだ。そして、アメリカの歴史上熱狂的な愛国主義となっている今この時に、宮本氏は西洋化についての冷静な部外者の見方を提示してくれた。宮本氏はいくつかの思いもかけない仕掛けで自分の主張を表現した。例えば、閉所恐怖症になりそうなほど大きな星条旗を天蓋のように広げたことや、ぞっとするようなマスクをつけた巨人のようなペリーを登場させたことである。その上ペリーは、究極の侵略者として60フィート(約18メートル)の花道を獲物に狙いを定めるようにゆっくり大股で歩いた。 ラウンドアバウト版も偶像のようなペリーや巨大な旗はまだそこにあるが、同じ印象を与えてはいない。このことはスタジオ54の周囲に制限があることに大いに関係がある。舞台装置担当の松井るみ氏は装置の規模が小さくなったので(60フィートの花道は少なくとも四分の三に縮んだ)、彼女は異なる空間へのアプローチを充分に再構成しなければならなかった。 舞台の近くに座っていたので、後に時々現れるまで私は星条旗に気がつかなかった。ペリーが花道に立ったときも、たった数フィートしか離れていないので、怪物に対する恐れというよりは、仮装パーティの優勝者という感じだった。そして、第二幕にはいるまで、私の視界には舞台に周りに作られたプールさえ入ってこなかった。(バルコニー席に座ったほうがいいようだ。) 動きも総じてぎこちない。踊りは、あらたまった型どおりの動きに、西洋的な機敏な動きを混ぜてはいるが、元気があるというのではなく、不細工に感じられる。そして、演じ手はその型にはまった日本的な動きと、元気溢れる西洋的動きの対立する様式を同じような調子に捉えている。このことはこの舞台の狂言回し的な役柄であるナレーターを演じるWong氏にでさえ当てはまる。Wong氏は臨場感に溢れてはいるが、のんきで愛想のある微笑みは、物語自体の緊迫感を舞台に与えてはいない。 香山役のMichael K.Lee氏、万次郎役のPaolo Montalban氏は相応しい声と純粋な魅力を持っている。が、彼らもまた、多くのキャストのように、独自の役作りで演じているのか、典型的に様式化されているのかについてはっきりしていないようだ。どう選択していくかが「Pacific Overtures」には重要である 。 アンサンブルの中には、適切なアプローチをしているメンバーが何人かいる。特に阿部のSab Shimono氏や将軍の母のAlvin Y.F.Ing氏である (彼らは1976年のオリジナル版に出演していた) 。Ing氏はソンドハイム氏独特の皮肉が効いた「菊の花茶」を不吉な感じで作り上げていた。 ところで、この「菊の花茶」は今でも私のあたまから離れない。このことはソンドハイム作品のファンであれば(私もその一人であるが)、不完全な舞台であったとしても、今回の「Pacific Overtures」を観劇すべきだと思う。アジアの音楽に触れ、ソンドハイム氏はその後の作品の中で取り入れた技巧を発見していた。(その例が挙げられているが、訳文は省略) ソンドハイム氏の歌詞が提示しているいかなる作品の説得力や重要性は、その材料そのものあるのではなく、いかに調和させるか、そして、どんな見地から調和させるかに関係している。宮本氏は確かに「Pacific Overtures」から再び魔法を作り出すための材料を得ている。しかし、今回は宮本氏はソンドハイム氏が成し遂げた素晴らしい調和の中に、断片を集めただけだ。 (この文章は、わーきんぐまざーが辞書と格闘して訳した文章です。大きな誤訳がないとも限りません。今後修正が入るかもしれません。参考程度にお読み頂き、また、機会がありましたら覗いてみて下さい。04.12/21に二度目の直しをしました。がまだ検討中の箇所があります。) |
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